9月。それは長かったような短かったような夏が終わり、新たに学校生活がスタートする月だ。
無論、俺の夏も終わった。みじかい、俺たちの夏は終わった。3年生という、中学校生活最後の夏。
本当に色々あったよな。特に、全国。思い出したらキリがねぇから、俺は何も話さないけどな。
まあ、気をとりなおしてだな。そう、2学期。2学期はやたらと行事が多い。運動会やら文化祭やら何やらと、やたら忙しい学期だ。
それは3年生になっても変わらないわけで。むしろ3年生だからこそ忙しい気がするぜ。
確かにそういうメインイベントも大切なんだが、何より俺には大切な行事・・・イベントがある。
それは毎学期、学期の始めに行われる・・・
「次、中田」
「はい」
「173センチ。次、新村」
「はーい」
体操服を身に纏い、並んでいる男子。無論、俺もその列に加わっている。そう・・・身体測定だ!
どの学校にも必ずあるだろう身体測定。それは俺にとっては、常に戦いだ。分かるだろ、この気持ち。
我等が氷帝学園は、まあ、ご存知の通り名門校で(なんか噂では跡部が資金協力してるとか聞いたことある)。
身体測定にも、かなり金かけてると思う。だって、マジ見たことねえ器具ばっかりだし。
絢爛豪華というか、最新型すぎるというか、とりあえず凄い。たまに、なんで俺この学校に通えてるんだ?
とか思うときもある。俺は普通の、庶民だし。
いや、そんなことはどうでもいいんだよ。今は、身体測定が問題なんだ。
俺は小さい。自分で言うのはなんか悔しいけどよ、事実なんだよ。認めたくないが、認めざるを得ない事実だ。
中3で158だ。ジローよりも小さい。クソクソ、くやしいぜ!
中1の頃よりは確かに伸びてるだろうけど、あまり成長してるとは言えねぇレベルだ。伸びても数センチしか伸びてない。
ペアの侑士なんか178だぜ?俺と並ぶと、俺の小ささが一際目立ってマジむかつく。
長太郎なんか180超えってどういうことだよ!デカすぎんだろ!アイツ本当に、俺より年下かよ?!
一体何食ったらあんなデカくなんだよ・・・ししゃもか?ししゃもなのか?
樺地は・・・もう諦めてる。アイツはああいうヤツだと思うようにした。
小さいからよりアクロバティックなプレイができるんだろーが、それにしたって身長欲しいぜ。
(あの菊丸だって、170あるんだぜ?!)
色々と語ったが、とりあえず身体測定は俺にとっては戦いなんだ。戦なんだよ、試合なんだよ。
「がっくん、伸びてるとええなあ」
「なんでH組のゆーしが居るんだよ!」
「別にええやん」
「よくねーよ!いいか、今ばかりは俺の隣に立つんじゃねえ!」
「ったく、岳人のやつ激ダサだな」
「マジ余裕ねーCー。ウケる」
「っんだよお前ら!!!」
ほんっとなんでお前らここに居るんだよ!!
いつのまにか俺の周りには見慣れた面々、テニス部のやつらが居た。なんでだよ!お前ら別のクラスじゃん!
宍戸とジローはC組だからまだ分かるけどよ、なんで侑士いるんだよ。嫌がらせかよ。
目の前に並んでいたやつらは、次々と身長測定をしていく。どいつもこいつも160後半とか170とか、クソクソ。
どんどん俺の番は近づいてきている。大丈夫だ、今年の夏休み・・・いつもの俺とは違ったからな!
毎朝牛乳は3本飲み、これ余裕。カルシウムだっていっぱい摂ったし、背が伸びる体操だってした。
それに今年の夏はいつもよりテニスに情熱注いだし、いっぱい運動したんだ。たくさん跳んだし。
ぜってー伸びてる!!!
そう意気込む俺の隣で、「あーまた3センチ伸びてもうたわあ俺」とかほざいてやがった侑士に、
肘鉄をかましたのは他でもねえ。それ言いに来ただけかよ!!
「次、24番向日!」
「あ、はい!」
「がっくん気張りや〜」
「うるせー!」
ニヤニヤとする侑士に怒鳴り、俺は身長測定の器具のところへ向かう。
器具に乗り、背筋を伸ばす。もう俺の中でのいちばんいい姿勢だ。そして、ゆっくりと俺の頭へ測定するものが下ろされ・・・
ごくり、と固唾を飲む。頼む、せめて160・・・!!!
そんな俺の願いは空しく、残酷なまでに数値は発表された。
「向日、158センチ」
「はあっ?!」
「(笑)」
「・・・ドンマイだな、岳人」
「むかひの顔マジウケるC」
は?だって、おかしいだろ?!1センチも伸びてねえとか、ありえねえだろ?!侑士のヤツは3センチも伸びてるんだぜ?!
測定をしていた医師?にそれを言って、もう一度計ってもらう。だが、結果は変わらない。
なにか変わったとすれば、「あー、158.4、だな」とか言ったが4ミリってどういうことだよ!!!
ショックと怒りが入り混じって、ワナワナと震える俺をよそに例の3人のうち侑士とジローは爆笑していた。
いや、爆笑はしてなかったかもしれないが笑いをこらえてフルフルと震えていた。心底うぜえ。
宍戸は笑いはしなかったもの、かなり同情のこもった眼差しで俺を見ていた。そして、静かにポン、と俺の肩に手を置いてきた。
・・・いっそ笑えよ!
*
あれからしばらく、今は部活動中だ。俺がどんなに落ち込んでも、部活はある。まあ、部活休む気はねえけど。
夏休みが終わったら3年生は基本引退だが、俺は部活に出続けている。やっぱテニスしてるときが一番楽しいし、
後輩に教えなきゃなんねえことあるしな。
ラリーが終わって、いったん部室に戻ろうと足を向ける。と、また見慣れた顔が俺の視界に入った。
「おーー」
「あ、がっくん。おつかれさま」
洗濯物が山のように積み重なっている籠を手に、歩いている人物。言わずもがな、うちの部のマネージャーだ。
は同い年で、俺らがテニス部入ったころからずっと一緒だ。文句一つ言わず、マネージャーの仕事を一人でテキパキとこなしている。
そういうところ、マジで感謝してる。
俺におつかれさま、と笑うその顔は俺の好きなそれ。こいつの笑顔には冗談抜きで癒される。
いままでテニス部で、何度に救われたか。言ってしまえば、俺はに惚れている。3年間、ずっとだ。
そんなの横に立ち、俺はと並んで歩く。
「それ、俺持ってやるよ」
「え?いやいや、いいよ。がっくん部活中で、忙しいし大変でしょ」
「いーからいーから」
「えええええ」
「これから部室だろ?俺も部室行く途中だし、こういうときぐらい甘えとけっての」
俺がそう言えば、しばらく困った様子のだったが、観念したのか籠を俺に渡した。
よっと、と俺はその籠を両手で持つ。結構重いな、これ。コイツ、これを毎日運んだりしてるんだから大したモンだよなあ。
そんなことを考えながら歩いていると、「大丈夫?重くない?」と俺の方を心配そうに見る。
多分、は誰にでも優しいからこんなこと言ってるんだろーけど、なんか頼りにされて無いって感じがするぜ。
俺、そんな信頼ないか?多分、これが長太郎とか侑士とかだったら特にそういう言葉はないんだろうよ。
あー、なんか落ち込む。地味にダメージくるぜ。
今日の身体測定のあと、侑士から要らない情報を俺は聞いてしまった。『ちゃん、2センチ伸びたんやって』とか聞いてもないのに
あいつはニヤニヤしながら俺に教えてきた。確かこの前、166とか言ってたから、168センチ・・・?
ほとんど170じゃねーかよ。俺、好きな女子にまで負けてんじゃん。とか思ったら、今日のそれからの授業は憂鬱だったぜ。
それ以上伸びねーで、頼む。
きっとは俺のそんな心の内など露知らず、俺の隣を歩く。
部室に辿りつき、籠を机に置けば「ありがとう、助かったよ」と微笑む。
俺、こいつにこういう風に礼を言われるのが好きなんだよな。マジかわいい。
「いつでも困ったこととかあったら言えよ」
「え、あ、うん。な、なんかがっくん頼もしい・・・!」
「当たりめーだっての。今更気づいたのか?」
俺は、お前の為なら何だってするんだよ。いい加減、気づいてくんねえかな。・・・無理か。
俺が冗談じみて言えば、あははっと目を細めて笑う。そんな様子に、俺までもが笑っちまいそうになる。
籠から洗濯物を取り出し、たたみ始めるを確認し、俺はロッカーに向かう。
さっきまで新しいラケット使ってたんだけど、なんかグリップの調子悪くてよ。やっぱり使い慣れてるやつのほうが、いいな。
いつも愛用していたラケットを取り出し、ロッカールームを出る。そこには(まあ当たり前だけど)がいて、
もくもくと洗濯物をたたんでいる。・・・俺だったら途中で飽きちまうな。
じーっと(無意識に)を見ていたのか、その視線に気づきが言う。
「?どうしたの、がっくん。なんかあった?」
「っあ、いや、何でもねえ」
「そう?ボーっとしてたら怪我しちゃうよー」
からからと笑う目の前の人物。やっぱり俺は、が好きだ。
部室に二人きり。チャンスがあるとしたら、今だろう。俺は、ずっと言いたかったあることを口にする。
チキンで悪かったな。
「あー、」
「うん?」
「お前さ、この前駅前のクレープ食いたいっつってただろ?あれ、一緒に行こーぜ。今日の帰りにでも」
「え?!」
「いーから行こーぜって言ってんの」
「え、え?」
「俺が奢ってやっから。な、約束」
そう言って、小指を差し出せば今だ状況把握してないのか、オロオロとしている。
心なしか頬が赤いのは、俺の気のせいじゃねーよな?ちょっとくらい、自惚れたっていいよな?
158センチがなんだ、この野郎。10センチ差がなんだっつーんだよ。いつか絶対、お前に見合う男になるし。
身長なんかすぐ抜いてやるぜ。だから、せめて今だけは。
背伸びくらい、させてくれ。
背伸びしてみるミニマムボーイ
(君に見合う、似合う、釣り合う男になりたいんだ)
Title By「ロストガーデン」
2012.9.16 UP